しかし、彼女がミュージシャンとして駆け抜けてきた豪快で切実な21年、螺旋階段を登って数ステージ上から下を見下ろすような、そんなシンプルな原点回帰のイメージでは決してない。何より今作は1曲置きに多彩なゲストボーカルを迎えてのデュエットソングを披露するというユニークでエンターテインメント性の高いアルバムになっており、しかも宮本浩次に櫻井敦司、向井秀徳に浮雲にヒイズミマサユ機、そしてトータス松本と濃厚なメンツばかりだ。
例えば、多くの人が『NHK紅白歌合戦』を始めとするTV出演などで、その映像における衝撃は目に焼き付いているであろう宮本浩次とのデュエット“獣ゆく細道”。この曲で、宮本浩次は宮本浩次としての存在感をただただ放ち、その横で、猛獣使いに徹するということでもなく、椎名林檎は椎名林檎としての存在感をただただ放っていた。他のゲストボーカルも同様に、人間としてアーティストとして、もうどうしようもないほどの性(サガ)が歌唱やパフォーマンスから滲み出るタイプばかりが揃い、それぞれの生き様を語り尽くすような声が収録されているのである。
これは、ただのエンターテインメントとしての試み以上に『三毒史』というタイトルとコンセプトにも通じているのではないだろうか。デビュー当時の20代ではない、40代を迎えてもなお、消え去ることのない人間としての欲望や憎しみや愚かさ。その毒を直視し、絶望したり受け入れたり開き直ったりしながら(豪華なゲストボーカルたちと同様に)椎名林檎はこれからも、どうしようもなく椎名林檎として歩みを続けるのだろう。瞳を震わせて不安定さを爆発させながら歌っていた“幸福論”の時の、あの少女を思うと、この頼もしさは祝福すべき現在地だ。(上野三樹)